社会保険労務士実務

「相談窓口はある。」でも、職員は相談できていますか?

社会保険労務士実務

 「相談窓口は設置しています。」
 職員からの相談に対応するため、院内に窓口を設けている病院や施設もあると思います。
 では、そこで働く職員の皆さまは、安心してその相談窓口を利用できているでしょうか?

 「相手を処分してほしいわけではない。」

 「これからも一緒に働いていくので、関係を悪くしたくない。」
 「そこまで大ごとにしたいわけではないけれど、誰かに聞いてほしい。」
 こうした気持ちを抱えている方もいるのではないでしょうか?
 
 相談するか、しないか。
 その二つの間には、言葉にしにくい迷いがあります。
 今回は、国家資格集団である病院の職員を中心に、そこで渦巻く心理面と労務管理について考えてみたいと思います。

数字から見える、医療現場の心の問題

 厚生労働省の統計によりますと、「医療業」の精神障害に関する労災請求件数は、2024年度の389件から、2025年度には578件へ増加していることがわかります。このうち、2025年度の支給決定件数は139件となっています。
厚生労働省「令和6年度・精神障害に関する事案の労災補償状況」(PDF)参照:資料内18・19頁。
厚生労働省「令和7年度・精神障害に関する事案の労災補償状況」(PDF)参照:資料内18・19頁。

 この「医療業」は、病院以外も含む産業分類となっており、病院だけの発症率を示すものではありませんので、背景資料としてご参照ください。
 
 このほか、病院の状況を見る資料として、日本看護協会の「2025年病院看護実態調査」もあります。
 回答した3,502病院のうち、2024年度にメンタルヘルス不調で1ヶ月以上の連続休暇を取得した正規雇用の看護職員がいた病院は2,021施設で、回答数の約57,7%に当たります。
日本看護協会「2025年 病院看護実態調査」結果(PDF)参照:16頁、図表16・17。

 こちらは看護職に関する調査であり、不調の原因が仕事にあると認定された件数ではありません。
 それでも、回答した病院の半数を超える病院で、看護職のメンタルヘルス不調による長期の休暇があったことは、重く受け止めたいところです。

忙しさだけで、説明できるのでしょうか?

 背景を考える際には、業務量や夜勤・交代勤務、人員不足に加えて、職場の人間関係や相談への対応にも目を向ける必要があると思います。
 最新の過労死等防止対策白書は、全業種の分析で、対人関係に関する出来事の増加を取り上げています。一方、それが労災請求件数の増加原因であるかは、なお分析の余地があるとしています。

厚生労働省「令和8年版 過労死等防止対策白書」概要版(PDF)参照:資料内11〜13頁。


 医療現場について考えるときも、原因を一つに決めつけることはできません。
 業務の負担に加え、上司や同僚との関係、患者や家族への対応、家庭の事情などが重なっていることも考えらます。
 職場の悩みと私生活の悩みは、本人の中で、きれいに分かれているとは限りません。

休む人にも、勤務を支える人にも、調整する人にも支援が必要

 職員が休職することになれば、ご本人には療養が必要です。同時に、病棟ではその間の勤務をどう維持するか、という課題が生じます。
 勤務を変更する職員には、業務や生活への影響があるかもしれません。師長などの管理職には、シフト調整や本人への連絡、他の職員への説明といった役割が重なります。

 休んでいる方は、「迷惑をかけて申し訳ない。」
 勤務を支える方は、「自分もしんどい。でもこの状況では言い出しにくい。」

 管理職は、「誰に相談してよいか分からない。」
と、各々が葛藤を抱えやすい状況にもなり得ます。


 休職者の療養、勤務を支える職員の健康、管理職への支援。
 この三つを一体の課題として考えることこそが、病棟の労務管理には必要だと思います。

臨床経験の長さと、労務管理の専門性は「比例しない」

 診療や看護などの経験を積む中で、管理職になる方も多くいらっしゃいます。
 ただ、臨床の専門性と、職員の不調や休職に対応するための労務管理の専門性は、それぞれ別に学び、支えていく必要があります。

 例えば、不調を訴えた職員に対する、「みんな大変なのは一緒だから。」「あなただけ特別扱いはできない。」「もう少し頑張ってみない?」という言葉。
 勤務を維持したいという事情があっても、ご本人の状態や背景を十分に確認せずに伝えれば、次の相談をためらわせてしまうばかりか、事態が悪化してしまう可能性もあります。

 ここは強く言いたいところですが、管理職の皆さまには、自分の対応を振り返る機会が必要です。

 そして病院には、管理職が迷ったときに相談できる相手や、判断を支える仕組みが必要です。
 職員を支える立場の人も、支えられる側になることができる。この視点が大切だと思います。

相談先を知っているからこそ、話せないこともある

 院内の相談窓口には、現場の事情を理解しやすいという良さがあります。
 一方、相談する職員にとって、その担当者が身近な存在であるが故に、ためらいにつながる場合もあります。

 「あの人に話したら、上司にも伝わるのではないか?」
 「相談した後も、毎日顔を合わせるから気まずい。」
 「話したことが、どこまで共有されるか分からない。」
 相談窓口の場所や担当者が分かっていても、こうした不安があれば、足は向きにくくなります。

 もちろん、病院の規模や地域によっても相談の条件は変わります。人事担当者が少なく、相談相手と日常の指揮命令関係が重なる病院では、相談先を選ぶことが難しいかもしれません。規模の大きな病院でも、誰に何が伝わるか分からなければ、同じ不安は生じ得ます。
 
 「窓口がある。」という事実と、「安心して話せる。」という実感。その両方が必要であることは言うまでもありません。

処分を求める前に、まず話したい

 悩んでいる職員の全員が、誰かへの処分や、正式な問題提起を望んでいるわけではありません。
「相手との関係を壊したくない。この職場で働き続けたい。でも、今の気持ちを抱えたままではつらい。」
 その段階で、話を受け止めてもらえる場があるでしょうか?

 ハラスメントに当たるか判断できていなくても、上司に何を求めたいのか整理できていなくても、とにかく話し始められること。その入り口を整えてこそ、相談窓口の実効性が見えてくるのではないでしょうか?
 厚生労働省の指針でも、相談対応を外部機関へ委託する方法が示され、相談者などのプライバシー保護が求められています。
厚生労働省「職場におけるパワーハラスメント防止指針」参照:「4 事業主が雇用管理上講ずべき措置の内容」。

 院内だけでなく院外の相手と話す機会も、病院の相談体制を考える選択肢の一つになります。

現場のことも、制度のことも分かる社労士が、職員の話を伺います

 当事務所では、管理職の皆さまに代わって職員のお話を伺う訪問面談を承ります。
 面談を希望される職員を対象に、1人30分まで、なんでもお話しいただけます。

 面談の際は、まずご本人の気持ちを受け止め、そのうえで、ご本人が職場に伝えたい出来事や要望を一緒に整理します。
 また、お仕事に関する内容も、何を、誰に、どのように伝えるのか、お話の内容を個別に分けながら、同意を得たうえで扱います。

 面談を通じて見えてきた勤務体制や職員対応の課題につきましては、継続的な労務顧問としての支援も可能です。
 

 「相談窓口はあるけど、全く機能していない。」
 「管理職だけで面談を抱えることに、不安や難しさを感じている。」
 そのような段階から、ご相談ください。
 
 安心して思いを話せるように、皆さんの病院に合った方法を一緒に考えていきましょう。